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赤い糸

第5章 ぬくもり


「こんなに寒いのに冷たい麦茶作るの?」

京介さんのおかげで車を降りれた私は

「当たり前でしょ?みんなバカみたいに動いてるんだから。」

美紀に教わりながらマネージャーの仕事をする。

「コップはここ、おしぼりはこっち。」

次々と出される指示を一つずつこなす私の額にはまだ3月の初めだとういうのにほんのり汗を滲ませていた。

「ねぇ、あれって桜?」

「うん、満開になるとスゴく綺麗だよ。」

球場全体を囲むように植えられている桜の木。

あと数週間すればきっと満開になるのだろう。

「サクラか…」

もうすぐ働きだして一年になるんだね。

こうやって外に出ると季節を肌で感じることが出きる。

…達也さんの言うとおりここでお手伝いして正解だったかも。

日頃仰ぐこともない 蒼さの足りない冬の空を見上げると

「何見てんの?」

「わあっ!」

突如私の視界に京介さんが入り込んできた。

「そ…空をですね…」

京介さんは美紀から受け取った麦茶を一気に飲み干すと私に空のコップを渡しながら

「練習終わったら一緒に空見ようか。」

「はぃ…空?」

この人はどうしてこうやって私の心にスッと入り込んでくるんだろう。

立ち尽くす私に京介さんはニカッと笑うと

「決まりな。」

私の返事も聞かずグランドへと走り去って行った。

…勝手な人

そんなことを思いながらも自然に頬が緩んでしまうのは京介さんの笑顔が眩しかったから

そんな彼から受け取ったコップを使用済みのトレーに伏せて目を瞑る。

…ほらね

瞼の裏の笑顔コレクションにまた一つ京介さんの笑顔が加わる。

「璃子。」

「な…なによ!?」

美紀はニヤニヤしながら私を見る。

「別に~」

「…もう。」

鼻唄まで歌い出した美紀の横で赤らめた頬を隠すように私もおしぼりを畳みはじめた。

*

「今日は攻めますねぇ。」

俺は決めたんだ。

「うるせぇよ。」

もう記憶喪失の璃子に遠慮はしないって。

アイツが他の男と付き合ってるって状態でもいい。

俺が…森田京介って男がおまえに惚れてるってことを知ってほしいって。

思い出すのはその後だっていい。

…見守ってなんていられるか

璃子が見ていた春色になろうとしている空を見上げる。

璃子のいない人生なんて俺には無理だ。

…絶対に無理なんだ。

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