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貞勧

第1章 貞勧

お吉が下田にやってきたのは4歳の頃だった。
お吉は下田の海が大好きだった。元々住んでいた知多も海がキレイな所だったが、下田の海は格別に美しい。

いつか好きな人と一緒になって、いつまでもキレイな海を見ながら幸せに暮らしたいというのがお吉の夢だった。

そんなお吉の恋人は鶴松。下田に来てからいつも一緒にいた幼馴染みで、父親と同じ船大工をしている少年だった。この頃は少年少女の頃から働くのは当然で、お吉も14歳で芸妓になっていた。

お吉は誰もが振り向く程の美貌と歌声の持ち主で、そんなお吉と恋仲の鶴松もまたみんなに羨ましがられていた。

安政元年、下田は大地震に襲われ、街は津波に飲まれてしまった。

山の手に逃げて一命を取り止めた鶴松とお吉はお互いが無事で一緒にいられたことを喜び合い、ずっと一緒にいようと誓い合って激しく結ばれた。

鶴松はお吉のために小さな家を建ててふたりはそこで仲睦まじく暮らした。

この安政元年にはペリーが黒船で日本に来航して開国を迫り、日本の歴史は大きく動き出していた。それは下田にも大きな影響を及ぼすこととなり、お吉と鶴松も歴史の渦に飲まれていく。

日本が開国を決意すると安政3年に黒船は再び日本にやってきた。今度は下田にやってきた。
下田柿崎にある玉泉寺が日本初の米国領事館に選ばれ、日米通商条約締結のため初代駐日総領事ダウゼント・ハリスが領事館にやってきたのだ。

安政3年はお吉と鶴松が夫婦になる約束した年でもある。
何という悲劇か、お吉が鶴松と夫婦になることを許してもらうために実家に帰った折に偶然に下田の街中にいたハリスに見初められてしまったのだ。

ハリスはお吉を日本での生活の世話役として領事館玉泉寺に来させるように下田奉行に要求した。無論、夜の生活のお世話も込みである。

下田奉行支配組頭伊佐新次郎はまずお吉の両親に大金をちらつかせてお吉をハリスの元へ行かせるように迫った。

生活が苦しかった両親は大金に目が眩んでふたつ返事で承諾して必ず鶴松と別れさせると約束した。

一方鶴松も伊佐に大金をちらつかされ、お吉と別れれば侍として士官させてやるとまで言われた。
大金、そして侍に目が眩んだ鶴松もまたあっさりとお吉を捨てた。

下田の街が大地震で崩壊してしばらく、街には強盗強姦といった阿修羅の災いが後を絶たなかった。

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