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無表情の宇野くん

第80章 五味さんと旅館の夜。

旅館に着いた私たちは、まず初めに部屋に向かいました。部屋は京都らしい和風な部屋で、なんかここだけでもテンションが上がってしまう部屋です。


ここで、旅館でするイベントの一つ、夕食の時間がやって参りました。


夕食はどんなものなのかと、私を納得させることができるようなものなのかと、上から目線で待ち構えていたのだが、なんと夕食はすき焼きだった。


すき焼き好きなんだよね、私。


あとはご飯と、ロールキャベツと、ジャガイモのバターでやったやつ。


こんなに食べきれないというほどの量。


おまけに、デザートにプリンまであるのだという。太ってしまうではないか、止めてくれたまえ。


しかしまあ、食べられるだけは食べてやろうではないかと、私たちは手と手を合わせた。


「すき焼き取ってくれない?」


宿泊班は八人居て、四人四人に別れてそれぞれ二個のすき焼きの鍋があるわけなのだが、机の端に座ってちょっと鍋との距離があった五味さんが、私にそう言って皿を差し出してきた。


そんな大変なことではないから、私は取ってあげた。


それにしても、すき焼きなんて、いつぶりだろう。いつブリなんていうと釣りしてたみたいだけれど、でも、本当にいつぶりだろう。


私はそんなことを思いすき焼きのありがたみを感じつつ、口にする。


口に入れた瞬間、肉に溶いた卵が絡まって、とろみがかったその肉は私の口の中を転がって、私の舌を刺激する。一口肉を噛めば肉汁が口の中に勢いよく広がり、その味わいと香りを私の体全体にまで伝えてくれる。


さらに野菜や豆腐などと一緒に口に放れば、それはもう文字では表せないほどの甘美な味わいだろう。野菜の甘みと肉や豆腐の苦味が口の中を駆けずり回って、もしも私の口と勝負をしているのならば、きっと私の完敗だろう。


それくらい、すき焼きは絶品だった。


しかし、しかしここまで長く引っ張っておいてなんだけれど、あれから五味さんは距離が遠いという大義名分みたいな感じで、大義名分でもないけれどそれをいいことに、私に何度もすき焼きを取らせてきた。


いい加減自分でも取っろうぜ。

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