不思議の国のアリス
第2章 ♠︎
バスのサイドガラスにヒビが入っていたのである。
愛らしいさは見た目だけのようだった。
子豚は、片手に所持したレトロステッキでバスの強化ガラスに高速で何度もガンガンと突き立てていた。
乗客は、異常現象に慌てふためいていた。
何せ、乗客には子豚の姿は見えていないのだ。
ガラスにヒビが入り、徐々に割れていく光景とはさぞ不気味に違いない。
このままではいけない。
乗客の視線はこの際置いといて、由紀は立ち上がると、子豚に向かって大声で「やめて!」と叫んだ。
彼女の声が届いたのかステッキを持つ子豚の腕が止まる。
言葉が通じるのか....?
そう思ったのも束の間、豚は首を僅かに傾げると、また破壊行動を再開させてしまった。
ならばと今度は、子豚に向かって両手をクロスさせて見せてみた。
すると、子豚は爛々とした目で由紀を見つめたが、肝心の破壊行動を抑える事は出来ず事態は悪化する一方だ。
誰かこの子豚何とかしてくれ....。
すっかりお手上げ状態の由紀はバス内をぐるりと見渡した。
もしかしたら、自分以外に子豚が見える者がいるかもしれないと思ったからだ。
彼女は希望を捨てていなかった。
だが、悲しい事に先程から異様な言動を取っている彼女を乗客は不審人物と見なしたのか誰一人として目を合わせようとはしなかった。
まあ、それどころではなかったというのも一理あるが。
得体の知れない敵に襲われているかのように人々の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
酷く混乱したバス内と徐々に稲妻のようなヒビが入っていくサイドガラス。
もう割れるのは時間の問題だった。
彼女はコートを脱ぐと、座席と座席の、普段なら足を置く狭い空間にしゃがみ、頭からすっぽり脱いだコートを被った。
その瞬間。
背後から、キャアアアアという女性の悲鳴が聞こえたのと同時に、ガラスの破片がコートの上に降りかかった。