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ペンを置いた日

第1章 忘れないで

今年三十歳になろうかという年の八月六日──
彼の前に、一人の少女が現れました。

漫画家になる夢を諦めた三年前、もうここには来ることはないだろうと思っていた、アトリエとして使っていた実家の古い一室。

「あの部屋、最近がたがた音がするの。随分誰も入っていないし、ネズミでもいるんじゃないかってねえ。あなたの物もあるから、片付けに来てくれないかなあ」

母からの電話。
男は電車で一時間半要し、実家のある埼玉県に三年ぶりにやって来た。
三年ぶりに見る景色は昔となんら変わらなく、平和で、和やかで、活気だった、小江戸の町。
男は東京、そして両親に土産を買って、実家へと向かった。
埼玉の中でも田舎にある実家は、田舎の中では新しい、綺麗な家だったのだが、三年経ったからか、どこか汚れていて、空気が沈んでいる。
重苦しい、というよりは、不気味な空気が漂っている。
男がインターフォンを押すと、押した二秒後には、まだ中学生と、歳の離れた妹の膝が飛んできた。

「お兄ちゃん全然会ってなかったから寂しかったぞ。存在も忘れちゃうところだった。部屋、掃除しに来たんだろ? わたしも手伝うよー」

妹は男の上で、にこにこと笑っている。
久しぶりの兄に、喜んでいるのだ。
しかし男は冷めたもので、妹の行為を、邪魔だからと断った。
見られたくないものがあったというのが本音だったが、妹はそれを察したかのように、そっかと、退いた。

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