テキストサイズ

僕ら× 1st.

第9章 トリオ --Shu,Ior

~本條柊side~

昨年秋頃から、リビングでアルが本を読むようになった。
数学本ではなく、君主論とかのたぐいの。

かたわらに開いたノートにも、狂ったような英数字の羅列が見られないなんて。
アルのノートは世界史や現代文の授業用でさえ、計算式が欠かせないのに。

その横では、伊織が漢字だらけの兵法書を読んでいるし。

じゃ、俺は歌の本でも読もうかなぁ。
百人一首の全暗記は、ちょうど冬休みの宿題だし。
この課題の意味が俺にはよくわからねぇけど。

「ちはやぶる神代も聞かず龍田川 から紅に水くぐるとは(紅葉で染めあげた川面…こんなに美しいものは誰も見たことがないだろう)」

ふと口をついて出てきたのは、業平朝臣。
彩華さんと俺にピッタリだと思ったから。

川の流れのように過ぎ去った日々は、二度と帰ってはこない。
彼女の顔は今や血の気が失せて……。

ハツラツとした紅が似あっていた彼女を思いだす。

俺が浸っていると、伊織が詠う。

「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな(春風が吹いたら、梅の匂いを届けるのを忘れないでね)」

「誰?」

そんな歌、知らねぇ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ