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水曜日の薫りをあなたに

第2章 約束の香り、消えるまで





 結末がわかっていて、さらにそれがハッピーエンドではないと知りながら、あえて足を踏み入れる。そんな無意味なことに費やす時間はない。

 だから、決意した。そして、自身と約束をした。
 香水をつけていいのは水曜日の夜だけ。あの男のことを考えていいのは、この香りを纏っている間だけ。
 香水を使い切ったらすべてを忘れる。熱いシャワーで洗い流したあの日のように、心ごと綺麗にしてしまえば、初めから行き場のないこの気持ちも消えてなくなるだろう――。


 水曜日、午後九時。残業から解放された薫は、いつもどおり自宅の最寄り駅に向かう電車を途中で降り、あの店を目指してネオン街を歩いていた。

「…………」

 頭の中は考え事で埋め尽くされている。とはいえ、考え事の中身はほとんど空っぽで、先週の水曜日に起こった出来事の映像をぼんやりと脳内再生しているだけだ。
 この一週間、必死に頭の隅に追いやってきたあの男の顔がちらつき始めたのは、昨晩、火曜の夜。まだだ、まだ早い、と呪文のように唱えながら、ようやく今日という長い一日を終えた。

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