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じゃん・けん・ぽん!!

第9章 数には数を

 図書館で、裕子が町田家具の名前を呟いた時に、反応した子だ。
 彼は、裕子の言葉に疑問を感じたかのように、わざわざ立ち上がって窓から外を眺めていた。
 今さらどうでもいいことだが、そんなことがあったので裕子は彼の顔を覚えていた。
 男子にしては小柄なその生徒は、裕子の方へは目もくれず、カウンターの端の席に落ち着いた。裕子が座っているのとは、反対の端だ。
 そして烏龍茶を注文すると、ふと、視線を裕子に向けた。
 黒目がちの目が、きょとんとした様子で裕子に向けられた。
 高校生だというのに、まるで小学生の男の子のような幼さが見られる。
「会長さん、でしたっけ」
 と彼は言った。
 目が合うまで、裕子がいることには気づかなかったらしい。
「そうだけど」
 裕子は、あまり自分の弱みを人に見せたくないといつも思っている。沈んだ気分ではあったが、なるべく平静を装って返事をした。
「あの、僕、一年の西岡晃仁といいます」
 自己紹介をしながら椅子から立ち上がると、裕子に近づいてきて、裕子の隣の席に座った。
「僕の友人で、辻岡健人っていうのがいるんですけど、すごく困ってました」
 椅子に座るや、その小柄な男子――晃仁といったか――は唐突にそう言った。
 辻岡健人の名前は知っている。下駄箱を交換してほしいという要望を出してきて、じゃんけんで勝負まで挑んできた後輩だ。彼も一年だというから、晃仁の話ぶりからするに、きっと同じ組なのだろう。
「困ってるって、何が」
「下駄箱の件です」
 ――ああ、やっぱり。
 裕子は息を履いて額に指を当てた。そのまま、首をゆっくりと横に振る。
「なんで、下駄箱の交換をそんなに嫌がるんですか。――というか」
 晃仁は口調を変えた。目をいくらか大きくして、裕子を見ている。
「どうしたんですか。ずいぶん気が重そうですけど」
「どうって」
 まさにそれだ。気が沈んでいるのは確かだし、その原因が下駄箱を交換してほしいという要望にある。

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