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じゃん・けん・ぽん!!

第2章 へばりつく想い人

 【へばりつく想い人】

 うかうかと過ごしているうちに、とうとう三年生になってしまった。いや、うかうかと言っても、決して何も考えずに過ごしていたわけではない。所属していた柔道部では部長に就任したし、勉学だって、決して成績優秀というわけではないが、それなりに打ち込んできたと思っている。
 うかうかしていたというのは、実に恋愛に関してだった。
 入学してから、ずっと想い続けてきた相手がいる。流れるような狐色の髪を、長く伸ばした同級生だ。
 背の高いすらりとした美人だ。顔は小ぶりで、目はくりくりとよく動き、笑うと桃色の薄い唇の間から、整った前歯が上品にのぞく。
 性格もあけっぴろげで人を拒絶することはない。自分から誰かに近づくということは滅多にないが、他人の方から寄ってくるので交友の不足で困ることはないらしい。小麦色に焼けた肌からも活発な様子が伝わってくる。
 美人だがそれを鼻にかけることなく、暗くもなく無闇にはしゃぎすぎるということもない。
 池田裕子。
 それが彼女の名前だった。
 多くの男が言い寄っているようだが、馬渕学もそれと同様だった。ただ、学の場合はほかの男たちのように気軽に声をかけることができていない。まったく話すことができないわけではないが、浮ついた心持ちで話そうとすると口ごもってしまうのだ。
 それでも、もう三年生だ。このままでは気持ちを伝えきれずに卒業を迎えてしまう。そうなっては、もう会うことさえできなくなるだろう。だからそうならないために、なんとか声だけでもかけようと決意したのだが――。
 ――何をしているんだろう。
 状況が掴めなかった。
 意を決して話しかけようとしている憧れの美人は、どういう訳か先程から下駄箱にへばりついている。両腕を大きく開いて下駄箱に張り付いているその姿は、まるで家守のようだった。学は、その背後に立ち尽くしている。とりあえず、
「何してんの」
 と話しかけてみた。

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