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妖魔の憂鬱

第5章 朝田 順子(あさだ じゅんこ)

隣接した部屋の扉を後ろ手に閉めた壱星は、順子の手を放すどころか、確りと握り直して自分の腕の中に引き寄せた。小柄な順子の頭頂部に頬を押し当て、目を閉じる壱星。

「早く…こうして欲しかった」

順子は自分が声に出してしまった事に、自ら驚いていた。順子の驚いた顔を覗きこんだ壱星は、愛し気に微笑みかけた。

「何か、飲み物を持ってきます・・・」

壱星はそう言うと、順子をソファーに座るように促して、繋いだ手の親指で順子の手の甲を撫でて…少し口惜しそうに放した。順子がソファーに座るのを見届けると、軽く頷いて壱星は入ってきた扉とは別の扉から出て行った。

壱星が出ていくのを見送った順子は、正面に設置された三枚の大きな姿見に目をやった。鏡に写る自分の後ろには、壁一面の大きな本棚が見えた。

そして部屋の中をぐるり見渡すと、色々なタイプの椅子やソファーが乱雑に置かれる一方で、沢山の本達は規則正しく本棚に収まっていた。

「立派な書庫」

文学女子と言える程ではない順子だが、王子様が出てくる様な夢物語のみならず、様々な種類の本を読むことが好きだった。

勝手に手に取って読もうとは思わなかったが、どんな本が有るのか…少しだけウロウロと見て回る事にした。誇りが積もること無く綺麗に整頓されている本を見て回る。

順子は略無意識で一冊の本を手に取り…もう一冊…もう一冊と…やがて色々な椅子に座り、色んな姿勢で何冊もの本を夢中で読み耽っていった。


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