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妖魔の憂鬱

第5章 朝田 順子(あさだ じゅんこ)

順子は既に、幾つかの衣装の試着を終えていた。

カーテンから出る度に、順子は鏡の前で壱星に見つめられ高揚していた。その度に着こなしや髪を直してくれる壱星の指先は、とても優しくて…もっと触れていて欲しい…と口をついて出そうになる順子。

はしたないと思いつつ壱星の長い指の行き先が、もっと際どい所を掠めて欲しいと思って居ることが誰の目にも明らかだった。

「どちらも素敵です」
「ありがとぅ」

でも本当に望んだのは、一糸纏わず…その身ひとつで壱星と触れ合う事が出来たなら…。壱星が自分の首筋のファスナーを後2センチ上げるのではなく、全て下ろしてくれたら良いのにと想像して、順子は頬を赤らめながら溜め息をついた。

「少しの休みますか?あちらに部屋を用意してございます」

壱星の指差す先には、先ほど入って来た所とは別の扉が有った。

「どうぞ・・・」

壱星の差し出した手の上に、順子はそっと自分の手を重ねた。まるで…おとぎ話に出てくる、お姫様に成った様で、順子は自然に頬を緩ませた。

勉強が出来る訳でもなく、委員長タイプでも無い。指して美人な訳でも無く、目立つ性格でも無かった順子には、未だかつて…こんなに素敵な時間を過ごした事が無かった。

章市との出合いも、同じ職場で未婚の年頃の男女と言うだけで、何かと2人で行動する事が多く、お互いの気持ちよりも、回りの方が盛り上がって結婚した様なものである。だからと言って章市に対して不満は無い。大切にしてくれていると思えるしお互い誠実だ。不満は無いが…こんなにトキメいた事も無かった。


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