悪魔の誘惑
第6章 優しい彼氏と言えない彼女
その後はお互いの近況報告や、なんてことはない日常会話を話しながら、デザートのチョコムースケーキを二人で食べ終えて店を出た。
健人は、すっかり日が暮れた夜の街を走り抜け、水野の住むアパートの来客用駐車場に車を停めた。
「ありがとう。凄い楽しかった。」
「こちらこそ、楽しかったよ。」
「じゃあ、またね。」
「何かあったのか?」
「え?何が?」
いきなり脈略の無い質問をされて水野は一瞬戸惑ってしまった。
「心配事とか悩みとか何か言いたい事あって呼んだんじゃないのか?」
「.......。」
一瞬、先日のフードの男の事が脳裏をよぎった。
でも彼を心配させてしまうかもしれない。
心配そうに水野を見つめる健人の視線から逃れるように、水野は少しの沈黙の後、「なんでもないよ」と言って作り笑いをする。
「.....」
「本当だって。そんな心配そうな顔しないでよ(笑)」
「心配だよ、お前言いたい事我慢するじゃん。」
「ただ会いたくなっただけだから(笑)ごめんね。」
「....。ならいいけどよ、ちゃんと言えよ。」
そう言って、健人は水野の肩を抱き寄せると、頭を優しくポンポンと撫でた。
水野は健人の優しさが心地よくて、されるがままになっていた。
「いつもありがとう、健人。」
「どういたしまして。」
「じゃあ、またね。」
そう言って、水野は軽自動車の助手席から降りた。
「水野」
健人は運転席から降り、振り返った水野の顎にそっと手を添えて、唇を重ねた。
キスは触れるだけの優しいものだった。
「おやすみ。」
そう言って健人は水野に背を向けて軽自動車へと戻っていく。
「....おやすみ。」
頬をほんのり赤く染めた水野が健人の背に向けて、恥ずかしそうに言った。