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『untitled』

第3章 一線を、越える


どうするか。

まだ、時間までは余裕があって、スタイリストから
髪型の希望があるか、聞かれた。

この間、雑誌で久しぶりに前髪を下ろした姿を披露して…
賛否両論あったけど、俺自身は割と気に入っていた。

「でも、タキシードだからな…」

映画の完成披露試写会で黒のタキシードを準備してもらっている。

「二宮さんはいつもとおんなじ感じみたいですよ」

「オールバックでいこう!」

髪型を整えてもらいシャツに袖を通そうとしたら、控え室のドアがノックされた。

「どうぞ」


カチャリと遠慮がちに顔を覗かせたのは信頼している俳優であり、後輩だった。

「入っても…?」

「あぁ、いいよ」

ニノは到着したばかりらしく、Tシャツに短パンでキャップを取って入ってきた。

「お疲れさまです!もう、準備バッチリっすか?」

「お疲れ!」

ニノとハイタッチして。

シャツの袖のボタンを留めながらチラリとニノの顔を見る。
サラサラの黒髪、青白い頰。

「昨日は寝たの?」

「地球守って…朝方までかかりましたよ…」

眠そうに目を擦る。

先輩を前にしても畏まるわけでもなく、自然体。

ため口なのに、嫌味がなくて。

「前の取材も結構、長くて…腰痛くなっちゃったし…」

腰をトントンと叩く仕種には慣れがあって、耳にする持病なんだろう。

「じゃぁ、早く寝ておけばよかったろ?」

「そーなんすけどね…つい…ね…?」

ゲームのコントローラーを持つフリをしてイタズラな顔をして舌をだした。
少し、笑ったからか顔色も良くなって…

「今日、よろしくお願いします」

真っ直ぐに立ち綺麗にお辞儀をした。

俺も立ち上がり、頭を下げた。

「こちらこそ、お手柔らかに」

自分の控え室に戻ろうとして、ドアノブに手をかけたニノはこちらを振り返った。

「オールバックも似合うんすね♡」

そのまま言い残し、控え室へ戻った。



俺は鏡を見た。

「なぁ、今から髪戻すの無理?」

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