テキストサイズ

花と時計

第3章 微睡み



これ以上、彼と目を合わせてはいけない。


私の理性がそう言って、私は従う。

「とっ、とにかく、暗乃雲らしくない作風でしたよねっ」

「そうだね」

机から降りた先輩の上靴の底が床を叩いた。
下げた視線の中に、彼の白い手の甲が差し出される。

「今度、暗乃雲の新作が出るんだよって、知ってるか」

私は顔をあげた。

「はい!
確か『棘の血筋』ってタイトルでしたよね」

「そうそう。
売り出したらすぐに買いにいこうかと思ってるんだけど、依子ちゃんも行かない?」

「はい、ぜひ!」

よかった、と微笑む先輩に、私は、交わした秘密を思い出す。


この香りは、先輩の香水?


それとも、窓際の棚に置いてある鉢植えの、イベリスの花だろうか。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ