
花と時計
第3章 微睡み
私は話を変えた。
「そういえば、先輩の髪の色、もしかして『藍鼠色』からきてますか?」
「ん、そうだよ」
「やっぱり」
「あの話、一番好きなんだ」
『藍鼠色』は、同性愛者の女性、アイと彼女の友人である女性、ネヅの心のふれあいとすれちがいを描いた小説だ。
物語の至るところに、色と性を匂わせる描写が散りばめられていて、暗乃雲ファンの間では、評価がわかれている作品でもある。
「なんか先輩っぽいですね」
「どこら辺が?」
私は口をつぐむ。
蠱惑的で高嶺の花で、自由な先輩に、憧れて夢見る私のような生徒がいる一方、学校に相応しくないと嫌悪する生徒もいる。
そんなところが似ている、なんて、言えるはずがない。
私は言葉を選んで、ようやく言った。
「雰囲気が、です」
「どういう雰囲気?」
「い、色っぽいというか、艶っぽいというか……」
逃げられず、しどろもどろになる私に、先輩は、くつくつと笑った。
「へえ。
俺のこと、そういう風に思ってるんだ、依子ちゃんは?」
艶めかしい色を目に、小首を傾げる彼の様は、もはや、夢魔のように人知を越えた美しさを溢れさせていた。
