
花と時計
第1章 心の殻
彼は先を続けず、拾い上げた芯をいじっている。
親指と人差し指でそれを挟むように持った時、「いっ」と短い声をあげて、彼は反射的に芯を放り投げ、指先を見る。
角度的に私にも見えた人差し指からは、血がぷつりと滲んでいる。
私は血を見ることが何よりも苦手だ。
見るくらいなら、触ってもいいから、すぐさま除去したいほどだった。
だから私は咄嗟に、ポケットからティッシュを出し、立ち上がって、彼の指を押さえた。
彼の顔が、思ったより近くにあることに気がついたのは、彼が吹き出した時だった。
今更ながら慌てる私に、彼は笑いながら言った。
「俺と友達になってくれませんか?」
他人の笑顔をきれいだと思ったのは、後にも先にも、この一度きりで、私はしばらく、彼の笑顔を忘れることが出来なかった。
それを『初恋』と呼ぶことを知ったのは、彼が女の子の後輩とキスをしている場面を偶然にも目撃し、心の殻が剥がれ落ちていく音をきいた時だった。
私は三日三晩、泣いた。
心が殻に覆われて以来、泣かなかった分、泣いた。
そうして、私は、剥がれ落ちていった殻を拾い上げて、再び、心を覆った。
それ以降、心の殻は変わらず、私を守ってくれている。
だけど、一度壊れてしまったものは、もう二度と元に戻ることはないのだ。
