ほんとのうた(仮題)
第6章 お気楽、逃避行?
真と買い物へ出かけていた日曜日の午後八時過ぎ。俺の姿はアパートにほど近いファミレスのボックス席にあった。しかし、対面する位置に座るのは真ではなくて――。
「斎藤さん――会社を辞めた俺に、今更どの様なご用件ですか?」
俺がそう訊ねている斎藤さんというは、五十過ぎの男性である。先日退社した会社では同じ部署で共に働いていた間柄ではあったが、プライベートでの付き合いはほぼ皆無だ。
そんな人がどうして急に、といった意図が自然と言葉の端に滲む。
結果として真との行為を妨げていたのは、この斎藤さんからの電話である。「とても大事な用事だから」との言葉に、やむを得ずこうして顔を合わせたわけだが……。
すっかり(ある種の)スイッチの入っていた真が、出かけようとする俺を気持ちよく送り出してくれたかと言えば、当然ながらそんなはずもなく。機嫌を損ねた顔を思い浮べれば、些か憂鬱にもなった。
俺を呼びだした斎藤さんにしても、目の前に運ばれていたコーヒーを見つめながら、なかなか重たい口を開こうとはしない。
なんとなく気まずさを覚え所在のない俺は、斎藤さんと背中合わせの位置に座っているチューリップハットを目深に被っている、そんな後ろ姿をじっと眺めていた。
だが、いつまでこうしていても埒(らち)が明かない。
「あの――」
と、俺が促そうしたタイミングで、斎藤さんは突如としてその頭を垂れた。
「新井さん――勝手なことをして、申し訳ない」
「えっ……いや、ちょっと」
その謝罪の意がわからずに、俺は困惑するのみ。
すると一頻り頭を下げ終えた斎藤さんは、傍らに置いた鞄より書面の様なものを取り出し、それを俺に見せた。