ほんとのうた(仮題)
第6章 お気楽、逃避行?
「これは、なんですか?」
「嘆願書――それと、それに同調した社員の署名です」
「嘆願書って……そんなもの、なんのために?」
「新井さん――貴方の退職を再考するよう、会社側に訴えたものです」
「は?」
俺はポカンと口を開き、呆気に取られている。はっきり言って、意味がわからない……。
俺の退社の経緯については、会社側とひと悶着あった上でのことであり、確かにその意味ではスッキリとしたものではなかった。会社のことについては、辞めた今でも気になってもいたのは事実である。
それ故にショッピングモールで太田がなにやら匂わせた時に、ある程度の予感はしていた。とはいえ、まさかこんなことだとは流石に考えが及ぶはずもない。
大体、そんな無茶な。筋が通ってないし、ちょっと待ってくれ――と、それが正直なところ。
そんな想いを隠しながら、俺は表面上は冷静を保ち斎藤さんに言った。
「なにか、勘違いをしてませんか? 俺は自分の意志で、退職を届けたのですよ」
しかし――
「ですが――例の新規事業がなければ、貴方だって辞めようなんて思わなかったはずだ」
斎藤さんは俺に視線を差し向け、その様に言っている。
俺の勤めていた会社は、メーカーの下請けで主に細かな電子部品の製造を手掛けていた。従業員百名以下の零細企業。
三十余年前に起業した事業主は今は顧問という肩書で、社長業はその息子に譲っている。会社の規模こそ違うが、その様な事情は俺の親父の会社にも似ていた。
業績が下降したのは、五年ほど前。メーカーからの厳しいコストダウンの煽りを喰らうと、そのままの流れで利益を失ってゆくことを余儀なくされた。