ほんとのうた(仮題)
第8章 身体を求め、精神(こころ)を探して
男と女の当たり前の行為が、この一見アンバランスな二人の間に、なにをもたらし――なにを刻もうとするのだろう。
それとも、俺がそう望みたいだけ……?
「……」
「……」
黙ってじっと見つめ合って数秒、どちらからともなく互いの唇を求め合った――。
今、俺たちが在る古びたホテルの一室は、豪華でもなければロマンティックな雰囲気とも無縁である。
只単に、二人の人間が寝泊まりするための部屋。ベッドが二つあるだけの部屋。
こんな場所ならいっそ、生活感あふれる俺の安アパートの方が、妙に肩肘張ることなく真を抱けたのかもしれない。
その方が真も――と、それはなんとなく、そんなものなのだと思った。
が、やはり。俺の本心では、そうしたくはない。否、心根でそれを畏れているということ。
この先も暮すであろうあの部屋の中に、真との鮮烈な情交のイメージと香りを染みつけたくはなかった。
「……」
キスをしてから、一旦。顔を離した時に、真も黙ると、じっ――と俺の顔を見上げている。
一息に行為に赴こうとしない俺に対して、焦れた様子はなかった。もちろん緊張してるわけでもないだろう。
瞳にボンヤリとした照明の光が映り、表面がてらてらと揺れる。先程までのような悪戯っぽい笑みは成りを潜めると、その表情は澄ましたような真顔だった。
どこか――凛、としていた。
その表情を前に、もう引き返せないのだと、俺は知って――。
「真……」
もう一度だけ、その名を口にすると――強く、その身体を抱きしめた。