ほんとのうた(仮題)
第9章 対峙して
「私も当初は、まるで考えにはありませんでした。親子である、と口にするのも憚られるほどに、私たちの関係は脆弱なものでしたから。そうなったのも、全て大人である私のせい……むしろ真の前から消え失せることこそ、彼女のためだと考えたくらいです……」
「では……?」
「真の母親のことは――なにか、聞かされていますか?」
「え、いや――」
その問いに不意を突かれ、俺はやや間を置いて思慮する。
この場合の母親とは、真の実母。そう思い辺り、俺は話を続けた。
「真が、まだ幼い頃に――両親は離婚している、と。『もう、顔も思い出せない』――確か、そんな風に……」
「そう、ですか……」
上野さんは静かに言って、僅かその顔を強張らせている。
「その母親が、なにか――?」
「ええ、あれは夫の告別式から十日が過ぎた頃のこと――」
「……?」
「――彼女は、私を訪ねてきました」
「――!」
元の夫の死を耳にして、真の実母が上野さんを訪ねたこと自体は意外ではなく、むしろ普通の出来事には思える。
が、しかし――
「ほんの――三秒」
「え……?」
俺は示された秒数が、なにを物語るものか見当も突かない。
すると、上野さんは実に寂しげに「ふ……」と笑った後に、こう告げたのだった。
「彼の遺影を前にして、彼女が手を合わせていた――その時間の全てです」