ほんとのうた(仮題)
第1章 孤独(ひとり)と逃避(ひとり)
「――ねえ、聞いてるのぉ?」
甘ったるい言葉が耳をくすぐってくる。ソファーに座る俺の肩にしな垂れかかるようにして、亜樹はその肉感的な身体をピタリと寄せた。
「いや……悪い」
俺はそう答えながら、右手で軽く亜樹のことをいなす。
ここは亜樹の部屋。俺たちが付き合ってから、もうかれこれ半年になる――か。
「なぁに、元気ないみたい?」
「まあ……だろう、な」
彼女の甘い色香に惑わされることを避けると、俺は正直な気持ちの一端を吐露する。
亜樹は行きつけのバーに勤めている女で、歳は二十八――否、もう九だったかな。本人が歳の話はしたがらないから、俺も正確には憶えてはいない。
見た目の方は若作りな感じで、言葉もかなりの舌足らずだ。きっと傍目にも若く思われたいのだろう。年甲斐もなくキャピキャピとしているのも、そんな願望の表れであるかのようで。
たとえば、ほら――飲み屋で「いくつに見える?」なんて、得意げに聞いてくる女っているだろう。流石にベタすぎて、最近はあまり見かけないのかもしれないが。
そんな女は大抵の場合、必ず実年齢より若く見られるという自信に満ちているようで……。
実際は(そのどうでもいいクイズに)答える方も、それなりの気遣い(思ったよりも三つ下に言うとか)があるわけで。答え合わせ後にも「ま、そんなものだろ」と内心で思いながらも「ええっ、若く見えるねー」とか、言ってみたりしている。
そんな話は、どうでもいいわけだが。すなわち俺が言いたいのは、亜樹という女がその様なタイプということであって。些か端的すぎるが、飽くまでイメージとすれば遠くはあるまいと思う。