ほんとのうた(仮題)
第2章 緊急モラトリアム
「……」
その屈託のない笑顔に、決して絆されたわけではない。しかしながら、俺はキッチンに立つとせっせと朝食の支度を始めていた。
二合の米を研ぎ炊飯器に入れ『早炊き』のスイッチをオン。米が炊き上がる間に、フライパンでベーコンを炒め、其処に卵を二つ落とした。
冷蔵庫で発見した期限ギリギリの納豆のパックを器に移すと、刻みネギを入れそれを懇ろに混ぜ合わせる。後はケトルにて沸かした熱湯を用い、インスタントの味噌汁を用意した。
俺は普段から、マメに料理するような男ではない。少なくとも朝は、簡単に済ませたい方なのだが……。
俺が「トーストでいいか?」と訊ねると、「えーっ! 私、朝はご飯じゃなきゃ、イヤ!」と、彼女は不平を漏らしたのである。
一体、どの口が言えたのか知らない。きっと彼女は、勝手気ままに生きてきたのだろう。軽く説教をしたい気分であったが『馬の耳に念仏』との諺(ことわざ)が脳裏に浮かび、俺はそれを諦めた。
ともかくそうして用意した朝食を、俺はリビングのちゃぶ台の上に並べた。ちゃぶ台というか本来はコタツなのであるが、今は夏なのでそう表現している。
あとリビングとはいってみたが、そもそも当アパートの部屋は1K。独り暮らしのスペースとしては十分なものだが、キッチンを除いた居住区にはベッドと件のちゃぶ台、あとはテレビやタンスや本棚等が所狭しと居並ぶ。
その風景は適当に、察していただきたいものだ。
女はベッドに寄りかかると、まだうつらうつらと眠そうにしている。
「オイ……飯」
と、仕方なく声をかけると、鼻をひくっと利かせて女は背筋をピンと伸ばした。そうしてから用意された朝食を眺めると、いたく上機嫌に言う。
「うわっ! いいねー! 朝は、こうでなくちゃ」
「そりゃ、どうも」
ごく簡素なメニューでこうもテンションを上げてもらえれば、俺も悪い気はしなかったが……。