ほんとのうた(仮題)
第2章 緊急モラトリアム
「あ、醤油ちょうだいね。私って、さあ。納豆が大好きなのね。あと、やっぱりご飯と味噌汁。おかわりは、ある? これで、焼き鮭なんかあったら完璧だよ。それからさぁ――」
「オイ、話はいいから……よそ見しないで、食え。あ、ほら――こぼすなよ。そこに、パソコンあるから気をつけろ――って、言ってるそばから、醤油こぼしてんじゃねーか!」
「あ、ゴメンゴメン。はい――拭いたから大丈夫っと」
「大丈夫じゃねーよ。醤油臭いパソコンとか、あり得ねーから……」
「いいじゃん、細かいことは。ほら、オジサンも食べなよ」
くっ……!
今、はっきりとわかったことがある。どこまでもマイペースと貫くこの女ことが、俺は正直嫌いだ。
そんな感じで慌ただしかった朝食を終えると、俺はようやくにして当初の目的を果たさんと厳しい目つきで女を睨んだ。
「ん? オジサン、どうかしたの?」
「別に俺はどうもしてねーよ。どうかしたのは、お前の方なんだろ?」
「なんの話?」
「今更、とぼけんなよ――天野ふらの」
俺がテレビにて覚えたてのその名を口にした途端、それまでにこやかだった女はプイッと顔を背けている。
「その名前……嫌い」
「なんでだよ? 自分の芸名だろうが」
「そうだけど……とにかく今は、その名で呼ばれたくないの!」
それは散々人をイラつかせた女が、初めて見せた不快そうな顔。
なにやら事情がありそうだ。件の『人気歌手失踪事件』に至った動機とも、まるで無関係ではあるまい。