ほんとのうた(仮題)
第11章 頼むから
俺の住むアパートから、せいぜい数十キロ程度の距離だろうか。山間にある馴染みの温泉地は、豊富な湯量を誇る、源泉かけ流しの温泉であった。
すなわち一応は地元ではあるから、泊まりで訪れるような場所ではない。辞めた会社の忘年会等で、たまに利用していたくらいだ。
俺と真は数件の旅館を回った末に、その夜の宿へと落ち着いている。行き当たりばったりの旅で泊まっていたリゾートホテルとは趣が異なり、程よく古びた旅館の部屋はそこはかとなく風流な和室だった。
「それでは、ごゆっくり」
仲居さんが挨拶を残して、襖を閉じる。と、すぐに真は不思議そうな顔を、俺の方に向けた。
「この温泉ってさぁ。オジサンのアパートのすぐ近くなんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「だったら、どうして部屋に帰らなかったの?」
「山を歩いたせいで、身体のあちこちが痛いんだよ。お前だって、それなりに疲れたろ。そんなわけで、温泉でゆっくりも悪くはない――と、思わないか?」
「うん。悪くない!」
それまでのムスッとした顔は一転、真はそう言って無邪気に笑った。
だが、温泉でゆっくりとは、俺の本音ではないのである。
三日間という期限を、それはどう捉えるかによる。が、上野さんに面会した日を既に一日とカウントするのなら、明日は既に三日目だ。