ほんとのうた(仮題)
第12章 城崎家の人々
俺の目的は、既にこの時点で半分は果たされている。真に「逃げるな」と言った手前、自分のことを棚に上げていることは、やはり大人として居心地が悪く。
それで二十年も前に「逃げ出し」ている、自分の人生に向き合おうとし、現在実際にこうして向き合っていた。
だから親父の顔を見た瞬間に、俺にはある程度、事を終えた気がしている。別に関係を修復しようなんて思いは、そもそも俺の中にはないのだ。すなわち、これから先はなにを話すのかというよりも、臆せずに話せるのか、という点が肝要に思えた。
俺はそんな風に考えつつも、座敷の空気が徐々に重さを増してゆくのを感じた。
その時――
「あの――大変に恐縮なのですが、先にちょっとだけ、ご挨拶させていただいても――?」
そう言って沈黙を破ったのは、やや意外な人物である。
そんな風に言ったのは、彼女がこの座敷の中で唯一、初見であったからだ。控え目な様子で一同を見渡してから――
「お義兄さん、初めまして。私――拓実さんの妻の香苗(かなえ)と申します」
彼女は俺に、初対面の挨拶をする。
三男の拓実は、俺とは四つ違い。家と疎遠になった頃、高校生だった拓実は当然ながら結婚前であった。
十年くらい前に偶然に出くわした時に、所帯を持ったことは聞いていた。だが、彼女が言うように顔を合わせるのは今日が初めてとなる。
「そうですか――いや、なんというか――まあ、よろしく」
俺はややバツが悪そうに、そう答えていた。