ほんとのうた(仮題)
第15章 たとえば――
八月の下旬、とある平日の昼下がりのこと――。
「ああ、今日も暑いなぁ……」
まだ続く残暑の厳しさにやられ、俺はデスクに突っ伏すと既に口癖と化した、お馴染みの言葉を性懲りもなく繰り返している。それを口にした処で『0.1℃』たりとも気温が下がることはないのに、不思議と言わずにはいられないのだった。
狭い事務所にはエアコンの設備はなく、前世紀に製造されていた旧型の扇風機の、そよそよとした控え目な送風が、まさに『焼け石に水』状態である。
その上の開け払った窓からは、今年のラストステージとばかりに、やけくそ気味の蝉の大合唱が頻りに響いた。その大音量が、更に俺の神経を圧迫してゆく。
この環境に適応していないのは、別に俺だけではないらしく。斜向かいのデスクから聴こえたのは、中島さんからの苦言だった。
「社長……もし来年もエアコンが設置されないのなら、私、会社を辞めさせていただくことになると思いますが……」
「えっ、それは困るよ」
予告なしの退職宣言に、俺は焦る。
事務員の中島さんはハンカチで額の汗を押さえながら、その涼しい顔とは裏腹に、かなり参っているのは確かなようだ。