ほんとのうた(仮題)
第2章 緊急モラトリアム
俺はハッととして、また――真の顔を見据えている。
「だから、私が一緒にいてあげる。だから、私を一緒にいさせて」
「……」
真は一点の曇りのない、漆黒の大きな瞳をしていた。
その言い様は、まるで理屈にかなわず。とても無茶苦茶なものである。
それでも不思議とそれは、俺の心根の奥底までに届いてしまっていた。
否――届かせるだけのなにかを、その響きは持っている、というべきだろう。
「いや……」
「え……?」
思わず、抱きしめそうになった。そんな両手をグッと堪えて、俺はその手をゆっくりと真の肩に乗せた。
そして、そっと身体を引き離すと、真を見つめて言う。
「真――お前、さ」
「ん?」
「そろそろ――腹が減ってきただろ?」
俺がそう訊くと、一瞬キョトンとした彼女は――そのすぐ後に、笑った。
「うん」
その元気な返事を聞くと、俺は床に置いた買い物袋から大き目なキャップを取り出して、それを真の頭に目深に被せて、言う。
「しょうがねえな。飯に行くから、支度しろ」
この時点で、俺のその言葉に嘘はなかった。
今だけ、とりあえず今日は――そんな言い訳を、頭の中でしながら。
だが、もう真のことを突き放せないだろう――それが自分なのだということも、とっくにわかっていた。
だけどこの時にはもう、俺は気づいている。わかりきっていた。
俺と真、奇妙な二人のこの物語のこと――その終わりすらも。
それはきっと、俺の次の仕事が見つかるまで――なんて、ことにはならない。
おそらく、それはすなわち――
真が――ホントの唄を――見つける、まで。
だからこそ一層、真が魅力的であるが故に、尚更。少なくとも俺にとって、この物語はよい結末とはならないのではないか……?
そうと知りながらも束の間、俺は彼女との奇妙な生活を始めようとしている。
【第三章へ続く】