ほんとのうた(仮題)
第2章 緊急モラトリアム
不意のその行為は、俺は驚かせるに十分。ピッタリと密着した胸の感触が、薄手の布を通じて妙に艶めかしく感じられた。
真はしっかりと両腕を俺の首に絡めると、耳元でそっと囁く。
「お願い……今だけ。オジサンの側に、いさせて」
吐息のような言葉が耳をくすぐり、俺の心を揺るがせていた。
真は誰かにすがろうとしている。だが、そう感じるからこそ、俺は言っておかねばならないと思う。
「どうして、俺なんだ? たまたま通りかかっただけの、単なるオッサンだぞ」
「けど……優しいよ」
そう言ってくれた真を前に――また俺は、深くため息。そして――
「正直に言うけどな。俺の頭の中は、今だってスケベ心で一杯だ。ただ、それ以上に臆病だから、ひたすら困惑してるだけにすぎない。俺の優しさの正体なんて、そんな程度。いや……そんなもの、優しさですらない……」
自らの心情を、吐露していた。
「誰かに頼りたきゃ、そうすればいいと思う。だけどな……間違っても、それは俺なんかじゃねーだろ」
「違うよ」
「ん?」
真は顔を上げ、俺を上目使いに見つめる。
「昨日の夜、私ね。この部屋に来るまで、オジサンの背中を見てたんだ。なんか、とても寂しそうな背中だった。この人は、寂しい人なんだって思ったの」
「まあ……この歳で、独り者だからな」
なんとなくバツが悪く感じて、俺は真っ直ぐなその瞳から目線を外した。
しかし、真は言う。美しき、その声の音色で。
「そんな風に、誤魔化さなくてもいいの。オジサンは寂しさを知ってる。だから、人に――私にだって優しくできるの。オジサンって、ちゃんと優しい人なんだよ」
その刹那――
「――!」
隠していた古傷を、そっと撫でられたような不思議な感覚が、確かにあった。