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ほんとのうた(仮題)

第5章 騒々しい景色の中で

 真のことばかり話しているが、現在の俺はまず自分の所在を確かにする必要に迫られている。もちろんそれを失念するはずもなく、この日曜までなにもしてなかった、なんてことは流石にないのだ。

 初めてハロワを訪ねたのは二日前。職を求める老若男女で込み合うその場所は、俺の心に焦燥感を植え付ける場としてうってつけである。彼らは各々希望の職を求め、職員もそれに真剣に応じているように思えた。

 そんな喧騒の最中にあって俺がしたことといえば、ズラリと居並ぶパソコンの一台を借りての求人情報の閲覧のみ。とりあえずは、たったのそれだけ。なんなら家のパソコンでもできることだが、前述したようにハロワに赴いたこと自体に意義があるのだ(たぶん)。

 できることならば、もっと前向きに行動したいのは山々。しかしながら、そうもいかない事情も、一応はあったりする。

 実をいえば俺の退職は、未だ完全に確定したわけではない。否、上司に提出した退職届は受理されたはずだし、仕事の引き継ぎも済ませてはいる。だが、今週の内に送付されるだろうと見込んでいた各種の書類等々は、現在に至るまで俺の元に届けられていなかった。

 ちっ、週が明けたら一度、会社の方に出向くか……。

 そう思いつつ、気分は著しく乗らない。そもそも今回、俺が辞めると決断するに至る経緯には、個人的な意思を超えたそれなりの事情がある。その最中で俺が対立した人間の顔が、いくつか脳裏に浮ぶ。いずれも経営サイドの人間の顔だった。

 まあ、いいけど。仮にこれ以上手続きが遅れるようなら、電話して事務方の社員相手に督促でもしてみよう。

「ね、オジサン。私、買い物に行きたいんだけど」

 ひと騒動を起こし終えて、少し落ち着いたタイミングで真はそのように言った。

「うーん……買い物ねえ」

 部屋の片づけで手を動かしながら、俺は気のない返事をする。

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