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本気になんかならない

第30章 初デート

「俺のほうこそ、成りゆきで居あわせてごめんな」

ベッドよりは高い位置からだけど
頭をさげると、彼女から笑顔が覗いた。

「居てくれてよかった。
まだ、夢のなかみたいなの…」

さっきまですごく苦しかったんだもんな。
スタッフは安産だって喜んでたけど、あれで安産って、びっくりで。
となりの人だって、すごい叫んでたし。

「だけど、引いてない?」

「引いてないって何が?」

「立会のこと。いきなりこんなことになって。
陣痛のうちは、もう誰が傍にいるとか考えられなくて。
とにかくこの痛みを何とかしてって、それだけで。
今頃、とても恥ずかしい…」

そう言って両手で顔をおおった北里が、とても可愛くて抱きしめたくて。
"大好き"なんて、この場にそぐわない言葉を言いそうになって

彼女と一緒に出産を乗りきった気分でいるけど、お前は部外者なんだぞ?と自分をたしなめる。


だけどさ、俺
引いたなんて全然なくて

「めったにないよな。俺、独身だし。
でも、俺の母さんも、北里みたいにしんどい思いをして俺を生んでくれたのかなぁって。
そして、顔をあわせて、喜んでくれたのかなぁって。
きっとそうだって思って、さ」


顏も声も覚えていない母親だけど
俺もこうやって生まれたんだって

きっと祖父母には反対されていただろうに
母は俺の生命をあきらめないでくれたんだって


初めっから俺は
存在してよかったんだって

自分の生命を削るくらいの覚悟で
母は俺を生んでくれたんだって

俺は単純に深く感動して、嬉しかったんだ。

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