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Kissシリーズ

第37章 純愛のキス・1

周囲は優しかったけど、期待は大きい。

でも先生は根気良く、指導してくれる。

何故だか、先生の前だけは、とんでもない演奏になってしまうのに…。

浮かぶ涙を拭い、わたしは再びピアノに触れた。

そして、課題曲を弾く。

思い描いていた通りの音が、指から流れてくる。

やがて弾き終わり、わたしはため息をついた。

「ふぅ…」

先生の前でなければ、こういう演奏ができる。

なのに…。

パチパチパチッ

「えっ」

拍手の音に驚いて顔を上げると、扉の所に優しい表情の先生がいた。

「上手くなったものだな」

「やだっ…! 聞いてたんですか?」

「ここはピアノ教室だぞ? 演奏を聴くのが、オレの仕事だ」

「そっそれはそうですけど…」

でも何も、黙って聞いていることはないのに…。

「ところで…話があるんだが、良いか?」

「はっはい!」

コンクールの話だろうか?

「オレはお前の指導を辞めようと思ってる」

「…えっ?」

目の前が、一瞬にして真っ暗になった。

「お前、オレの前じゃ緊張して、ろくな演奏できないだろう?」

「うっ!」

きっ気付かれていたか…。

「だから親父にまた、指導してもらうと良い。親父の前なら、ちゃんと演奏できるだろう?」

「そっそれは…」

…そうだけど。

「だから親父に学ぶと良い。今まで辛い思いさせて、悪かったな」

そう言って先生は優しく微笑んで、わたしの頭を撫でてくれた。
でも!

「まっ待ってください!」

わたしは立ち上がり、真っ直ぐに先生の目を見た。

「演奏なら、先生の前でもちゃんとできます! だから指導続けてください!」

「いや、でも…」

「大丈夫です! 今、弾いてみます!」

わたしはイスに座って、また鍵盤に触れる。

あっ…指が震える。

ダメだ! こんなんじゃ、先生がっ…!

ゆっくりと演奏をはじめる。

でも震える指から生まれるのは、とても醜い音。

こんな演奏…先生だって、いつまでも聞いていたくないだろうな。

わたしは演奏を止めた。

「すっすみません、先生。やっぱりわたし、ダメみたいです」

震える手を握り締め、俯いた。

涙が浮いている目は見られたくない。

せめて笑っている形の口元だけでいい。

「今までゴメンなさい。ヒドイ演奏聞かせてしまって…。でも先生は良い先生でしたから」

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