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Kissシリーズ

第26章 ホワイトデーのキス

「くぬぬぬぬっ…!」

こっこの上り坂は辛いっ!

自転車を立ちこぎして、ようやっと山を越えられる。

1本向こうの道路では、バスが通る音が聞こえた。

…今日もいるんだろうな、彼は。

わたしは下り坂になると、足を広げた。

そのまま重力に任せて、坂を下る。

どうせこの細道は誰も通らない。

みんな、バスに乗るから。

わずかにあたたかくなった風を浴びながら、わたしは一ヶ月前のことを思い出す。

…今思い出しても、恥ずかしい!

何であんなことができたんだろう?

後でこうなることは、分かっていたのに!

わたしには好きな人がいた。

わたしがいつも乗るバスには、たくさんの学生達が乗る。

と言うのも、学校が駅から山の中に向かってあるからだ。

…普通は逆なのに。

それでも学校はそこにしかないから、みんなバスに乗って登校する。

わたしの好きな人も、同じバスに乗っていた。

わたしの家は駅近くにあるので、いつも座って乗れた。

一人用のイスに座り、20分で学校に着く。

彼は途中から乗って、わたしより先に降りる。

乗車時間、10分足らずだろうな。

…とある春の日、わたしのすぐ近くに彼が立った。

彼のカバンがわたしの膝に当たり、眠りから覚めてしまったわたしは思わず顔を上げた。

「すみません」

低くてキレイな声だった。

それ以上に、顔もキレイな人だった。

「いっいえ…」

赤くなる顔を隠すように、わたしはすぐに俯いた。

心臓の高鳴りが、彼に聞こえないか、気が気じゃなかった。

それからと言うもの、彼が乗ってくるバス停になると、心臓が高鳴り始めた。

彼とわたしは違う学校。

同じなのは、バスに乗っている10分間だけ。

そのことがとても嬉しくて、とても寂しかった。

でも彼はいつもわたしの近くに立っていた。

その間はとても幸せだった。

…それだけで良かったのに。

満足できていたはずなのに。

バレンタインデーが近付くにつれ、不安になっていった。

彼のことを何も知らない。

それでも同じ空間にいるだけで幸せだったはずなのに…いつの間にか、贅沢になったのだろうか?

わたしは彼に、自分のことを知ってほしいと考えるようになっていた。

だから友達と一緒に、バレンタイン用のチョコを買ってしまった。

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