注射、浣腸、聴診器、お尻ペン。
第18章 麻酔科医の術前診察
「そろそろベッドに戻らない?」
『夕日が沈むまで見ていたい。』
「麻酔科医の先生と何かあった?何か落ち込むようなこと言われたりした?」
『ううん。麻酔科の先生はとってもいい人で安心したよ。』
「明日の手術のことが心配なの?」
『精神科の桜庭先生に隠し事は出来ないものだね。』
「そっか。心配なんだ。」
『私、精神科に"心のお休み"に来てるはずなのに、うまくいかないな〜って。』
「美優ちゃん、そういう時こそ回りをよく見てごらん。助けを求められる人がいるんじゃない?」
『先生のこと?』
「他にもいるでしょ?」
『ああ成井さんも、麻酔科の瀧先生もだね。』
「そうだよね。美優ちゃんのこの先の人生で、"上手に助けを求められるようになること"はとっても重要だよ。」
『震災直後に助けてほしかったなぁー。』
先生は、相槌も打たずに耳を傾けてくれた。
『震災の時、非難所で自分だけ泣くなんてできなかった。家族をなくして悲しいけど生き残ったのに弱音を吐いたりしたら、死んだ人に申し訳なくて。でも本当は、誰かに話を聞いてほしかったし、助けてもらいたかった。』
先生は、本心を吐露した私と向き合い、しっかりと目を見つめて話を続けた。
「…そろそろ震災の時の辛い思い出は捨てようよ。美優ちゃんはもう十分に苦しんだし。」
『でもね、家族の遺体と対面した時のことが、何年経っても目に焼き付いて離れない。』
「それは忘れるようにして、ご両親の笑顔だけを思い出してあげたら?」
『なかなか難しいよ…』
「ご両親の笑顔を思い出すことが、美優ちゃんの"心のお休み"になるんだと思うんだ。」
『……桜庭せんせい(涙)』
「ん?」
『なんかちょっと答えがでたかも…(涙)。先生、ありがとう』