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注射、浣腸、聴診器、お尻ペン。

第39章 見学

翌日、緊張しながら脇坂先生と透析室の見学にきた。透析室は、腎臓内科外来のすぐ隣にあった。







ベッドが10床。外来患者さんと入院患者さんが同時に利用する。






透析室の自動ドアが開くと、まず目に入るのがコインロッカーだ。ここで上着や荷物を預ける。









脇坂先生は、看護師さんや患者さんたちと「こんにちは」と挨拶を交わしながら中へと進んでいく。









脇坂先生は、ここでも人気者。








私は、脇坂先生の背中にぴったりと
くっついて歩いてく。







一番奥の空きベッドで脇坂先生の足が止まった。







「美優ちゃん、このベッドに横になってごらん。透析装置について説明をするから。」








『…いやぁ!透析室、怖いよっ。』








私が、急に大きな声を出してしまったせいで
まわりの視線を集めてしまった。








「どうして怖いの?」そう聞いたのは、脇坂先生ではなくて、隣のベッドのお婆ちゃんだった。










「私はね、透析を始めてから10年の大ベテランなのよ。」








脇坂先生が耳元で「井上さんだよ。」と、お婆ちゃんのお名前を教えてくれた。








「私はね、昔から写真が趣味でね、透析しながらサークルの皆さんと旅行に行ったりしているうちに今の主人と知り合って、二度目の恋をして結婚をしたのよ。

あなたはお若いから、長い時間ベッドで
じっとしてなくちゃいけないのが
しんどいのでしょうけど
"透析ありの人生"もいいものよ。」








それだけ言って、にっこり微笑んでから
井上さんは読書を再開した。







井上さんの読んでいる単行本のタイトルは
以前ベストセラーになった
「置かれた場所で咲きなさい」だった。







井上さんは、透析しなくちゃいけない環境の中で恋愛をしたり、精一杯人生を楽しんでいる。






つまり、置かれた場所で咲いているーー。









私は、これ以上読書のお邪魔をしないように
静かにベッドに横になった。






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