toy box
第2章 猫描戯画
『お主、謀(たばか)ったな。一晩屋敷を回っても鼠に会わぬ。やはり那岐神(なぎのかみ)の言う通り、俺は妙に会うためだけの口実か』
「なっ!?」
喋った。
『情けない。が、お人好しなところは悪くない。ただにぼしは飽きたから、今度はアジの干物を持って参れ。それから妙には、櫛やかんざしより絵具がいいと言伝だ。確かに伝えたぞ』
すると猫は藤次郎をからかうように片足で口元を隠して笑い、ふわっと靄のようになって消えてしまった。
それを物も言えず眺めていた藤次郎は、たった今起きた珍事より何より、妙への恋心を猫に見透かされていた気恥ずかしさに頭を抱え……翌日の昼、母親に叩き起こされるまで、布団をかぶって引きこもっていた。
猫は、ついに戻ってこなかった。
*
「藤次郎様、これは──」
それから更に数日、なんとか平静を装える程度に回復した藤次郎は、文字と落款(らっかん)だけを残して真白になった紙を妙に手渡した。
今日は甘味処だったが、軒先の長椅子の下には大きなアジの干物にかぶりつく那岐がいる。
「今戸の描く猫絵の猫は、夜ごと紙から抜け出して、真に鼠を捕らえてくる。或いは布団や懐にもぐり、にゃあと鳴くとか……。妙心殿の猫絵は、随分と江戸の町を賑やかしたそうですね」
「藤次郎様──」
瞬き驚いたような顔をして、それからとびっきりの花咲く笑みを浮かべる妙に、やはり藤次郎は頭をかく。
「なっ!?」
喋った。
『情けない。が、お人好しなところは悪くない。ただにぼしは飽きたから、今度はアジの干物を持って参れ。それから妙には、櫛やかんざしより絵具がいいと言伝だ。確かに伝えたぞ』
すると猫は藤次郎をからかうように片足で口元を隠して笑い、ふわっと靄のようになって消えてしまった。
それを物も言えず眺めていた藤次郎は、たった今起きた珍事より何より、妙への恋心を猫に見透かされていた気恥ずかしさに頭を抱え……翌日の昼、母親に叩き起こされるまで、布団をかぶって引きこもっていた。
猫は、ついに戻ってこなかった。
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「藤次郎様、これは──」
それから更に数日、なんとか平静を装える程度に回復した藤次郎は、文字と落款(らっかん)だけを残して真白になった紙を妙に手渡した。
今日は甘味処だったが、軒先の長椅子の下には大きなアジの干物にかぶりつく那岐がいる。
「今戸の描く猫絵の猫は、夜ごと紙から抜け出して、真に鼠を捕らえてくる。或いは布団や懐にもぐり、にゃあと鳴くとか……。妙心殿の猫絵は、随分と江戸の町を賑やかしたそうですね」
「藤次郎様──」
瞬き驚いたような顔をして、それからとびっきりの花咲く笑みを浮かべる妙に、やはり藤次郎は頭をかく。