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その恋を残して

第5章 それは、おとぎ話だ

「……」

 その医師と思しき男に見つめられ、俺はバツが悪そうに顔を背けている。すると――

「なにか悩みがあるなら、明日の昼にでも来てみなよ。精神科だからって、別に構える必要なんてないからさ」

「だから、僕は別に……えっ、精神科?」

「そうだよ。ウチの診療科目は心療内科・精神科。あと一応は、普通の内科も看るけどね」

 精神科――その言葉に俺は胸騒ぎを感じた。だから、深く考えることもせずに、言葉が口を滑る。

「ほ、帆月蒼空を――知っていますか?」

「――!?」

 その名を聞いた途端、医師から笑顔は消え、その表情は俺に対する警戒を顕にしたかのよう。その変化に徒ならぬものを感じて、俺は話を続けた。

「僕は彼女のクラスメイトなんです。さっき偶然に、ここから出て来るところを見ていて――それで」

「あのね……」

 医師は俺に顔を近づけると、低い声で言った。

「たとえ、そういう名の患者がいたとしても。医者である僕が、それを第三者に話すと思うのかい? 小さな子供じゃないんだ。それくらいのことは理解できるだろう」

 もちろん、それはその通りなのだろう。だから、非が有るのは俺の方だと思う……。

 しかし、医師のその言いようは、少なからず俺をムカつかせていた。そして、医師の態度の豹変は、単に俺の非礼によるものだけが原因とは、やはり思えない。

「ここは『帆月クリニック』という名前ですよね?」

「ああ、そうだが……」

「貴方の名字も、帆月なんですか?」

「……帰りなさい。もう、キミと話すことはない」

 医師は吐き捨てるように言うと、俺に背を向けた。

 やはり、この人はなにか知っている。蒼空と怜未に、大きく関わっているに違いない。そう直感した俺は、この場においての最後の質問をぶつけた。


「では……帆月怜未のことを、知っていますか?」


 ピタリ――と、医師は足を止める。

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