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時計じかけのアンブレラ

第1章 青江さんと緑の紙

その小父さんは、いつも思いがけない時に現れた。
多分近所に住んでる人だと思うけど、オイラは彼の名前を知らない。

この日は中学の部活をサボって一人で帰ってて。
何となく足を伸ばした多摩川で背中から声を掛けられた。

「智くん!」

独特のイントネーションで呼ぶから、誰だかすぐにわかった。

「あ、小父さん、こんにちは
久しぶりだね?元気だった?」

中学に入ってから会うのは初めてじゃないだろうか。
オイラはつい嬉しくなって、少し離れたところに居た小父さんのところへ走って行く。

「やっぱり今日も、その傘、持ってるんだね
ふふっ」

この小父さんは天気に関係なく、いつも青い傘を持っている。
キレイな空色のブルーで、持ち手のところが黄色っぽい木製。

「そうだよ
これがないと、智君に俺だって気づいてもらえないだろ?」

「えーなんで?そんなことないよ
オイラ暗記は苦手だけど
人の顔とかちゃんと憶えてる方だもん」

オイラがそう言うと、小父さんはアーモンド形の目を細めて優しい顔で笑った。

この人はいつも、こういう笑い方をする。
何て表現したらいいかわからないけど…。
オイラのこと可愛がってくれてるのがわかるんだ。
だから、アヤシイ人ではないと思う。

「それは失礼(笑)
そうだね、智君は記憶力が良い人だったね
この傘は…
大切な人からプレゼントに貰ったんだよ
逢う時の目印にして欲しい、って言われたからね
いつも持ってるんだ」

「ふうん」

話しながら、二人で何となく土手を降りて川原に向かう。

子供の頃から知ってるから、オイラはいつもタメ口で話してるけど。
ホントは偉い人なんじゃないのかな。
何か学校の先生っぽいって言うか、会うと色々教えてくれて。

小さい父さん、て書いて小父さんて読むことも、この人に教わったし。
ちゃんとしてる大人、って感じがする。

たまに会うといろいろ世間話?みたいなお喋りをするんだけど。
でも、そろそろ名前教えてもらった方が良いかな?

何か、小父さんて呼ぶと他の人にはオジサンに聞こえるだろうし。
母ちゃんの方の叔母ちゃんは、いつも名前で呼んで、って言うもんな。

「ねぇ、名前何て言うの?」

二人で川岸に並んで。
足元の小石を川に向かって投げながら、オイラはきいてみた。

「ああ、えっと…
青江と言います」

小父さんが言った。





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