無料で楽しめるちょっと大人のケータイ小説

こんな落ちぶれた自分を知られたくないなんて、俺のちっぽけなプライドのせいだ。
もし、いつか彼女に俺の正体がバレたら、きっと彼女は怒るだろう。
どうして騙したんだと怒るだろう。

そうなったら、きっともう彼女のピアノは聞けなくなる。
あの柔らかな声も、あの笑顔も、きっともう…。



「あのー、先生？」
「ん？え？」
「いや、え？じゃなくて、終わりましたけど？」
「あ、あぁ…」

目の前では生徒が芝居の稽古を続けていた。
ちょうど芝居が終わったところのようで、俺の合図を待っていたらしい。

やべ…。
俺また心此処に在らずだった…。

「よ、よかったよ…っ」

あー、やべぇな俺。
考え事をするとすぐにこれだ。
せっかく生徒が一生懸命芝居の稽古をしてるって言うのに、指導員の俺がこんなんでどうするんだよ。

…まぁでも、ここの生徒達は俺が教えなくても自分達で演技のノウハウを体得して行く。
才能がある奴は俺が指導しなくても勝手に登り詰めて行く。

俺がここでやってる事なんて、所詮は無意味な事だ。
俺は誰かに教えられるほどの才能なんてないんだから。

「……じゃあ、次の人」


そう。
俺は何を悩んでいるんだろうな。
あの綾とか言う子にはもう会わなければいいだけの話だ。
あの音楽室にさえ行かなければいいだけの話だ。