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インターセックス

第10章 無口な私

 本当は、すべてリセットしたかった。
すべて無かったことにできればどんなに気持ちが安らぐだろう。
しかし、現実は、そうは、行かない。何かしら引きずってしまう。
こうしてすばるがここに来てしまった事で隆一と接点ができてしまった。
すばるには、感謝している。いつか笑いながら話せる日が来ることを願っていた。
でも、今じゃない。
今は、クラスに馴染み空気になることが最重要な目標だった。
何事もなく空気のような存在で誰も私のことを気にもとめない。そう言う学校生活を送りたかった。
でも、そう言う都合のいい理想的な環境なんて夢の世界なのだと思い始めていた。
現実は、厳しい。ネットの『デジタルタトゥー』は、未だ消えていない。
いつか誰かが私の正体を暴き出し白日のもとに晒される日が来る。
そんな予感が頭をよぎる。

「先輩、学校戻って来てください」すばるが真剣な顔で迫る。
「何言ってんの。戻れるわけないじゃない」
「あいつ、川崎哲也は、停学処分になって今、家で謹慎しています。もう誰にも文句言わせません。私が守ります」
「ありがとね、すばる。でもね、もう戻れないのよ」
「悲しいです」泣き出すすばる。
「深刻な話だね。何があったか知らないけど」隆一が心配そうに私を見る。
「少し聞かれちゃったわね。隠し事をしても、いつかばれてしまうものなのね」
少し諦めのような気持ちが湧いてきた。
「僕は、川谷さんの味方だよ。辛いことがあったら何でも言ってね。相談にのるから」
「ありがとう。でも、今は、何も言えない。学校では、この事は、内緒にしてね」
「わかってるって」
車内アナウンスが流れる。
「次の停車は、松戸。松戸。出口は、右側になります」
3人とも下を向いて黙っている。
重苦しい空気が3人を包む。

 電車は、ブレーキが掛かりホームに止まる。
「もう、降りなくっちゃ。じゃあ、また明日学校で」
「頑張ってね。バイト。また明日」
電車のドアが開き隆一が降りて行く。

 走り出す電車の窓から空虚な町並みが通り過ぎていく。

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