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森の中

第1章 1 ハイキングコース

   声を出さずに堪えている瑠実を見て男は
「応急処置だから、ちゃんと病院に行きなさい。傷が残るといけない」
   と、冷たく言う。

  「はい」

   小声で瑠実が答えると男が
「若い女が山の中で何かあっても遅いんだよ」
   と、たしなめるように言った。
 
「もう三十半ばですし若くないです」
   反論するように言ったが
「僕から見ると若くて危なっかしいよ」
   と、言いきられてしまった。

「公園までどうやってきたの?」
「車です」

  「そこまで送るよ。この小屋の裏に車を停めてるから」
  「あの。大丈夫です。歩いて帰れますから」
  「いいや。送らせてもらう」
 
ため息交じりに男は言う。

  「はい……。ありがとうございます」


   椅子から立ち上がり男について小屋を出た。しっとりとした空気を吸い込み後ろ髪を引かれるおもいで歩いた。
 ここにくるのはきっと最初で最後だろう。

   小屋の裏に回り、少し手入れのされた獣道を歩くと草が刈られ砂利が敷かれた広場に出る。駐車場のようでシルバーのフォレスターが停まっていた。年式は古そうだが綺麗に磨かれていて大事にされているのがよくわかる。

  「乗って」

   男は冷たい態度とは裏腹に助手席のドアを紳士的に開け、瑠実を乗せて静かに走り出す。舗装されていない山道でも滑らかな走行で乗り心地が良かった。
   (なんて運転の上手い人だろう)感心しながら瑠実は男の横顔を盗み見た。無表情で機械のような人間味のない男に哀愁を感じる。

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