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Melty Life

第3章 春


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 何のために存在している現実か、自分は何のために生かされているか。

 目に見えるあらゆるものが濁っていた、不確かだった。途方もなく延々とした日々を、不安げにやり過ごしていたあかりの日常に、水和は前触れなく現れた。


 学校案内のオープンキャンパスのクラブ紹介ステージで、演劇部のオリジナルの脚本を演じていた水和は、作り物の世界の中で、生き生きしていた。
 綺麗事を並べ立てた、台詞の数々。道徳的でご都合主義な綺麗事に、あかりはそれまで無縁だったものを見出した。それらの似合う水和の言葉の力強さは、嘘でも真実になる錯覚がした。錯覚を見せられていたひとときが、幸福だった。手の中には何も残らない煌びやかなものを振り撒ける、水和のような人間の存在していた現実が、急に美しく見違えるようになった。



 流されるまま身体を重ねるようになったある日、あかりは小野田に水和への想いを打ち明けた。限りなく、慕情に近い感情として。
 少しばかり強引でも、小野田はあかりの恩人で、当時、気さくに話せる隣人だった。彼女が純粋な思いで好意を寄せていてくれたのだとしたら、早めに本心を伝えておくべきだと判断したのだ。 

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