
Melty Life
第2章 初デート
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学校運営者にとって必要な資料が一式と、何やら小難しげな題目が背表紙に入った専門書が、ざっと一列。
祖父、来須隼生(くるすはやお)の仕事場兼書斎に格納された読み物は、壁一面を囲繞した本棚にしては数が少なく、隙間だらけだ。
それは別段、彼が高齢者には珍しい活字離れの傾向にあるからではない。
彼の数多ある趣味の一つ、骨董、芸術品の収集が原因している。愛すべきコレクションを手近に置いて不自由なく愛でるため、翻訳版のない洋書や希少な写真集、新書、雑学書、古典文学やら現代娯楽小説やらは、隼生が家政婦に言いつけて、倉庫に間引きさせたのだ。
自宅とは目と鼻の先の距離にある祖父母の邸宅、物心ついた時分から、事あるごとに入り浸ってきた祖父の書斎に、千里は今朝から訪ねていた。
「人の手が彫り出したとは信じ難い、良い毛並みだろう。艶があって、気がついた時に、こうやって撫でてやるんだよ。するとほら、いつまでもピカピカだ」
「何の木?」
「はて、ヒノキだったかのう。塗料が塗ってあるから……。ちと、削って見てみるか?」
「ダメ。おじいちゃん、直せないだろ。せっかく可愛いのにもったいないよ」
可愛い、というのに気を良くした様子の隼生は、孫の何気ない一言に、目尻の皺を深めた。
齢を物語った手にこぢんまりと収まるネズミの木彫りは、ともすれば今の隼生には、生きたペットほどの愛着があるのかも知れない。
