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Melty Life

第3章 春


* * * * * * *

 千里は変わり果てた私室を一周見回して、呆然とした。

 本棚はひっくり返されていて、鞄は全て中身が物色されている。机の引き出しも調べられた形跡があり、カレンダーも、手帳も、フォトフレームもだ。

 当然、千里が自分でここまで荒らしたのではなく、外部の人間の仕業だ。


 侵入者が部屋にいた時、千里は目が覚めていた。寝台にもぐったまま眠った振りをしていただけで。


 早朝の内に、家族のプライベートを狂ったように探っていった犯人は、母親だ。


 来須理花(くるすりか)。


 理花には、配偶者、つまり千里の父親の浮気を疑う癖がある。その発作はいつも突発的で、そうなると病的なまでに白黒つけたがって躍起になるのだ。パートナーの身の周りの物色はもちろん、詰問、罵倒、ヒステリー……。と言うより父親が潔白としても、理花の中では黒なのだ。

 その矛先は千里にも向く。

 ふしだらな父親の息子にも、その血が流れているに違いない。それが理花の口癖だ。

 そうして一人息子が成人するまでに品行方正な人格を形成すべく、理花は千里の貞節に固執していた。ことあるごとに部屋を探って、淫らな関係の相手がいないかチェックする。



 にわかに血の気の引く思いがした。


 自分でも驚くほど迅速に、千里は机の引き出しの四段目に飛びつく。

 奥に手を伸ばすと、青い波模様の小箱の蓋がかしこまっていた。開かれた形跡はない。

 箱には、イルカのガラス細工が入っている。
 先月、水和と水族館へ出かけた時、土産物屋で互いのイメージで選び合った。千里は水和に熱帯魚を、そして水和は千里にイルカを選んだ。


 ガラスのイルカは昨夜までのままだった。

 もとより、これだけで片想い中の相手がいるとは、理花も想像つかないだろう。

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