
Melty Life
第3章 春
千里の両親は、愛情などとっくに冷めているのに、ただ世間の目に恥じないようにと、惰性で同じ屋根の下にいる。千里は物心ついた頃から、彼らの陰気な口論の場に何度も立ち会い、一方で、クリスマスやら誕生日やらは浮かれた場所に連れ出されて、円満な家族ごっこに付き合わされた。
悶々とした胸の内を春の陽気に慰めさせて、千里は歩き慣れた道の先に住む、来須隼生(くるすはやお)を訪ねていった。
玄関から書斎へ向かう途中、千里を目に留めた祖母が今日は塾に行かなくて良いのかと声をかけてきた。千里は適当にあしらった。
来須の家系には珍しい類の人柄が、そのまま顔に表れたような祖父は、朗らかに千里を歓迎した。
「おうおう、お前も相変わらず大変だな。理花さんは優秀な女性だが、繊細というか心配性というか……」
相変わらず書物の乏しい祖父の拠点は、この邸宅内でもひときわ千里を落ち着かせる。
今日祖父が用意してくれていたのは、桜のモンブランだ。まるで千里が訪ねてくるのを予想していたような周到ぶりは、ともすれば両親の喧嘩さえ、この男が仕組んだのではないかと疑うものだが、孫が来訪しなかった場合、余ったケーキは家政婦に持ち帰らせることもあるらしい。
