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数珠つなぎ

第9章 俺たちは歩いていく

『やりたい事』を見つける。

マスターに言われた時、それは意外にもすぐに見つかった。



「この店に来てからずっと読んでるね」

みんな寝静まった頃、喫茶店で本を読んでいたらマスターの声がカウンターから聞こえた。

「マスターこそ……ずっとこの本置いてるよね」

読んでいるのは俺だけだろうけど、表紙は色褪せて年季が入っている。

ページを捲ると素晴らしい絵やオブジェ作品の数々。

「君が来るたびに読んでたから、捨てられなかったんだよ」

苦笑いを浮かべるマスター。

「何か……飲むかい?」

「うーん、ブラックいいですか?」


少し考える事があって……

甘いカフェオレよりブラックが良かった。


「どうぞ」

テーブルにコーヒーカップを置くと、マスターも俺の前に座った。

「やりたい事は見つかったかい?」

目線を俺に向ける事なくコーヒーを啜る。

「そう……ですね」

「ん?歯切れが悪いな……」

コーヒーカップをテーブルに置くと、ジッと俺を見つめる。

「絵や……フィギアとか……作りたいなって思ってるんです」

「いいじゃないか。何が引っかかっているんだい?」

「お金……です」


昔から何かを描いたり……作ったりするのは好きだった。

好きな事を仕事に出来たら幸せだと思う。


ただ、それなりの準備が必要だ。


お金はあるけど……ない。


テーブルに置いている通帳を見つめる。


「他人から見れば、このお金が何によって稼いだものかなんてわからない」

「えっ?」

「お金は所詮……お金」

本に視線を落としたまま話を続ける。


間違ってはいない。


でも、俺は知ってしまっている。

このお金は誰かの犠牲によって生み出されたモノ。


「それなら借りればいいだよ。そして少しずつ返せばいい」

パタッと本を閉じると、マスターは立ち上がった。

「すべて返し終わった時……そのお金は智くんにとって今とは全く違うお金になるんじゃないか?」

ニッコリと笑って去っていった。


この言葉は俺だけじゃなく、複雑な思いを抱えて躊躇していたみんなの背中を押した。


使うんじゃない……返すんだ。


そしてこの通帳のお金を誰かの犠牲ではなく、自分の稼いだお金に変えていくんだって。

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