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ダブル不倫 〜騙し、騙され

第3章 3

 修一はチラリと優子に目をやり、何も言わずベッドルームに入った。
 
 真夜中に修一の寝姿を見ていた。
 
 彼が寝返りを打った。
 
 彼が痛いと言っていた首すじには、少し薄くなっているが小さな桜の花びらのようなプリントがひとつあった。
 
 小さくて薄い赤紫色の花びら。
 
 ――えっ、これって……キスマーク?
 
 優子が学生のころに、付き合っていた男性から胸の膨らみにキスマークをつけられたことがあった。それは、あまりも突然だった。その後、男性は嬉しそうに自分がつけたその〈プリント〉を満足そうに何度も指先で確認していた。キスマーク――それは自分の存在を伝える、いわばマーキングだ。
 
 鳥肌が立った。今まで、誰かにキスマークをつけようという発想が、優子には全くなかった。もちろん、夫の修一にさえ……。
 
 優子は眠れなかった。

 ――キスマークの主の私への宣戦布告?
 
 優子は自分の左の二の腕に唇を当て強く吸った。
 
「痛っ!」
 
 優子は、贅肉のない自分の二の腕についた小さな桜の花びらを指先で撫でた。
 
 優子は夫の首すじについたキスマークのことをずっと考えていた。ようやく眠れたのは明け方だった。その日、優子は結婚してはじめて寝坊した。

 キッチンテーブルの上に手紙が置いてあった。広告の裏に書かれたその手紙は娘の凛華が書いたものだ。
 
『ママ、おはよう。
 
 ママはつかれてるから
 
 お薬のんでネ。
 
 学校はパパと行くから、
 
 いっぱいねてネ。
 
 りんかより』
 
 りんか、とひらがなで書かれた名前の横にハートマークが添えられていた。
 
 キッチンテーブルには食パンと牛乳が載ったプレート、その横には水が入ったカップと風邪薬があった。
 
 ――ありがとう。ごめんね。凛華……。
 
 優子は自分の左の二の腕につけたキスマークを思い出した。そこに目をやる。儚い〈桜の花びら〉のあった場所を指先で撫でた。

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