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ピエロ

第1章 プロローグ

 1▽二十歳のある日
 
 スティファニーは待ち合わせていた五つ星ホテル、コンラッドのスウィートルームで契約先フランク・ムービーの製作総指揮、ジョナサン・フランクと会っていた。
 
「スティファニー・アリソン、いい仕事しましょう。ブランドン・ダグラス、席を……」
 
 と、ジョナサンは秘書の目で合図をし、ブランドンに退室を促した。シークレットポリスの様に屈強な体格のブランドンは背筋を伸ばし、黒い革製の手帳を開き目を通す。
 
「はっ、それでは私は……失礼致します」とブランドンは部屋の外へ立ち去った。
 
「さあ……」
 
「はい……」
 
 傲慢にソファーに腰を下ろしていたジョナサンは腰を上げた。
 
「さあ、ビジネスの話をもっとじっくりと煮詰めましょう。スティファニー・アリソン……」
 
 白い歯を見せ、大きな手のひらで握手を求めた。彼はスーツの上着を脱ぎながら彼女の背後に近づいた。甘い整髪料と煙草の臭いに包まれた。
 
 ジョナサンは自分が今まで座っていた場所に上着を軽く放り、「……ね。互いの良いビジネスのために……ね?」と、熱が籠もった声でスティファニーの耳元で囁いた。
 
 ――ビジネス……。
 
 スティファニーは甘い整髪料と煙草の臭いのする方から顔を背けた。
 
 彼女の髪に太い指が通る。ジョナサンはそれを自分の鼻元に持っていった。
 
「魅せる匂いだ。さすが神童と呼ばれた女優だけある」
 
 男の指に顎が挙げられた。
 
 ヤニ臭くザラついた唇が重ねられる。
 
「やだ……」
 
 スティファニーは唇を固く結んだ。
 
「俺の演技レッスンだ」
 
 苦い舌先が口腔に捩じ込まれた。口腔に苦く熱い唾液が満たされ、泡立つそれが口角から喉元に滑り落ちる。
 
「ひ、酷いっ。私、帰ります」
 
 スティファニーは立ち上がった。
 
「リチャードから聞いてるだろ。これは|面接《インタビュー》だ」と、ジョナサンが言うと、スティファニーは膝を折ってソファーに腰を下ろす。

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