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今夜7時に新宿駅で

第1章 1. 定時終わりのタイ料理屋さんで


「よし....っと」


パール一粒大のファンデを手のひらの上に乗せ、人差し指で顔にちょんちょんと塗る。頰、おでこ、あご、鼻の上。


順々に乗せて、丁寧に広げる。ムラがないように、だけど濃くもなりすぎないように。


メイクはナチュラル派の私だけれど、ベースメイクには力を入れるようにしている。すっぴんぽく、だけど毛穴やニキビをしっかりカバーできるように。だからクッションファンデとポイントコンシーラーは欠かせない。


旭さんは基本的に距離が近い。食事中に向かい合っている時も、映画館で隣に座る時も、街中を歩いている時も、わたしの顔をじっと覗き込んでくる。さりげなく、だけど笑顔で。
旭さんは垂れ目だ。それでにこっと微笑むと、目尻に何本か笑い皺ができる。その優しさに満ちた平行線を、わたしはそっとなぞりたい。


.... 今日、するのかな、キス。


キス。その想像をしただけで、さっき色ムラをなくそうと躍起になっていた頰がほんのり火照ってゆくのがわかった。


付き合ってまだ2週間の社会人の彼は、妙に慎重というか、昔気質というか、頑なにわたしの唇には触れようとはしない。手を繋ぐのは早かったくせに。


...今日はちょっと気合いを入れてリップメイクをしようかな。



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