
今夜7時に新宿駅で
第1章 1. 定時終わりのタイ料理屋さんで
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覚悟を決めて、そっと紙袋からティントを取り出した。
"hug me tender"- "優しく抱きしめて" 。そんなロマンチックな名前がついた、ほのかなコーラルピンクでそっと唇を彩る。
「...我ながら似合うな」
所謂「初デパコス」。
煌びやかなコスメカウンターの雰囲気に怖気付きながらも、BAさんの営業スマイルと「お似合いですよ!」の言葉に励まされるようにして購入した一品だ。
優しいピンク色は、わたしの栗色の髪や瞳にとてもよく似合う。
わたしは生まれながらにして色素が薄い。母からの遺伝だ。「それで染めていないの?綺麗な色だね」なんて周りから褒められることもちょくちょくあるのだけど、ぬけるよう白い肌とうすい唇のせいでちょっと不健康そうに見えるのがコンプレックス。だけど、リップがこんなにもつやつやとしていればそんな心配はなさそうだ。勇気を振り絞った甲斐がある。
今日着ていく白いニットと膝丈の紺色スカートを合わせれば、「儚げ」という形容詞に転換させることだってできるかも。
(...今日も褒めてくれるかな)
旭さんは褒めるのがうまい。それに男の人には珍しく、細かいところまで気づいてくれる。比喩ではなく、わたしの毛先からつま先まで。
「髪巻いた?可愛い」
「今日のワンピース、新しいでしょ。似合ってる」
「爪、今日可愛い色じゃん。俺、それ好きだな」
リップだってその例外ではない...はず。
