
今夜7時に新宿駅で
第1章 1. 定時終わりのタイ料理屋さんで
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「リリリリ......」
リップの発色の良さにしばらく見とれていると、アラームが勢いよく鳴った。あぶない。もうすぐ家を出なくては。
スマホを確認する。ポップ画面がいくつか出ていた。
[ 旭: 今、退社したよ ]
[ 旭: 19時に東口でよろしく。気をつけて来てね ]
「気をつけて来てね」のひとことに口元がほころぶ。年上の彼は、こんな小さな気遣いを忘れない。優しいひとだ。
スマホに映し出されておる時刻は18:32。新宿までは電車で20分くらいかかるから、ぎりぎりか。少し急いで行くことにする。
ポシェットの中をのぞいて、忘れ物がないかダブルチェック。愛しい年上の恋人とのデートのため、軽い足取りで玄関を出た。
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19時に差し掛かろうとしている新宿駅はお祭り騒ぎだ。
激しい人の往来、駅のアナウンス、なんとも形容しがたい熱気...全てが凝縮され、カオスな空間を作り上げている。
圧倒されるような熱量。それでも、じっと目をこらす。駅の柱にもたれながら、人混みの中から「面白い人」を探す。旭さんを待っているときに、一人でこっそりやっているゲームだ。
行き交う人のなかで目立つのは、終業後のくたびれた風のサラリーマンやきゃあきゃあと集団ではしゃいでいる大学生だ。数が多かったり、声が大きかったりする人たち。だけど、それにはあまり興味を惹かれない。それよりも私が気になるのは、時々混じっている職業も正体も不明そうな人たちだ。大抵目で追ってしまうのは、ヒゲを長く伸ばしたおじいさんや、びっくりするくらいフリフリの服(大体はパステルピンクかオフホワイト)を着たおばさんだったりする。
そういう人を見るよ、なんだか心が踊る。日常に隠れているほんの小さなスパイスのような存在だから。
...だから変人って言われるのかな。
そんな自分に微かに苦笑いをした。そのとき。
「ごめんね、待った?」
「あ、お疲れさまです」
白いYシャツに黒のスラックス。垂れ目がちの大きな瞳に、柔和な笑顔で生まれる優しげな笑い皺。旭さんが目の前にいた。
